全人的苦痛(トータルペイン)の「出典」の謎!

かつて衝撃的な事実を発見したことがありました。

がん医療や緩和ケアを学んだことのある人であれば、多くの方が知っている「全人的苦痛」「トータルペイン」という概念は、教科書や文献などでも数多く掲載されているのですが、正確な出典が書かれていません。

 

正確には書かれていませんでした、左の書籍が出版されるまでは。

 

シシリーソンダースが提唱したと言われる「トータルペイン」とその概念図。

私がときどき講演する機会をもつようになった2012年ごろに、一度、出典を確かめてみようと複数の国内の文献を確かめたところ、『・・・病院HPより』『・・・資料より』など、どの書籍にもシシリーソンダースの文献名では書いていないのです。

学術誌・専門誌で調べてみたもののよくわからないため、Amazonで「死に向かって生きる: 末期癌患者のケア・プログラム」シシリー・ソンダース/メアリ・ベインズ 医学書院(1990/06)という当時20年以上前の中古書籍を購入してみました。

 

消毒薬の臭いがしっかり染みついた、おそらくどこかのクリニックの薬品棚で永く保管されていた中古本のようでした。

 

確かにシシリーソンダース著の翻訳本でトータルペインの説明が簡単に書いてありましたが、残念ながら「図」を見つけることは叶いませんでした。

謎は深まるばかり・・・。

 

その後、学会などで高名な先生方が集まる場に同席する機会があったため、きっとご存じなのではと思い「 以前から探しているんですけど、全人的苦痛の出典はどこにあるんでしょうか? 」と質問してみました。

 

先生方は「あれは確か・・・」「・・・だったかなぁ」と会話がはじまりました。

私は答えを楽しみに回答を楽しみに待っていたところ・・。

 

なんと、急に別の話題に変わったのです。

いくら鈍感な私でもわかりました。『この先生方は出典を知らない!』

 

それまでの20年間、学問として目まぐるしく発展してきた緩和ケアの分野においては、「新しい薬」「新しい概念」「新しい指標」・・・など急速に発展したため、誰もが原典を確かめようとはしなかったのかもしれません。

日本の学会の重鎮たちにとって「出典」を明らかにすることは、自分達の役割だと感じていなかったのでしょう。

ついでながら、海外の文献でも同様の状況が見られており、国際的にも同様の状況だったと考えられました。

 

それから、後の2017年のことでした。千葉にあった、さくさべ坂通り診療所の大岩孝司院長との話題で全人的苦痛に関して出典がないという話題で盛り上がったときに、院長から「それを明確にした書籍が出たんだよ!」と興奮ぎみに紹介してくださったのが冒頭の書籍です。

 

愛知県がんセンターの小森康永先生が、シシリーソンダースの文献を翻訳・整理・解説した書籍が発行されました。シシリー・ソンダース初期論文集です。

濃厚な書籍ですので、この程度ではネタバレにはならないと思いますが、出典の答えはシシリーソンダースの弟子であるトワイクロス先生でした。

 

その後、小森先生とも直接コンタクトを取らせていただき、全人的苦痛とシシリーソンダースに関する講演の打合せを通じて直接学びをえることもできました。その時の講演内容については、『シシリー・ソンダース、ケアを語る:私のスピリチュアリティ』において紹介されています。

 

がん看護の分野では2023年になって、ようやく小森先生の書籍や説明を専門誌でみかけるようになりました。教科書に掲載されるのはいつのことやら・・・。(賢見卓也)